夫、恋ひ悲しめどもいふかひなくて、
夫(朱買臣)は(出ていってしまった女を)恋しく悲しんだがどうしようもなくて
次の年にもなりぬるに、
翌年になってしまったが、
この人の才覚、世に優れたることを
この人(朱買臣)の学問や才能が、非常に優れていることを
御門聞かせ給ひて、
帝がお聞きになって
その国の守になされ/ぬ。
(帝は朱買臣を)その国(=会稽)の太守になさった。
初めて国に下りける有様、
(朱買臣が帝のもとから)初めて任国に下った様子は
心言葉も及ばずめでたかりけり。
どんなに心や言葉を尽くしても言い尽くせないほど素晴らしかった。
かかれども、なほありし妻のことを心にかけて、
そうはいっても(太守になったけれど)やはりかつての妻のことを気にかけて
一国(ひとくに)のうちを尋ね求めさすれど、
(配下の者に)国中を尋ね探させたが、
似たる人なくて明かし暮らす。
(かつての妻に)似ている人もいなくて(夜を)明かし暮らす。
園(その)に出でて狩りし遊びけるとき、こともなのめならず、
野に出て狩りをしていたとき、並一通りでなく、
あやしく侘しげなる賤の女が、筐(かたみ)といふ物を肘にかけて、
怪しく貧しげな賤しい女が、筐(竹で編んだ目の細かいかご。)というものを肘にかけて、
菜を摘みてゐざり歩くを、
芽を摘みながら座ったまま膝で(尻で)移動するのを
(朱買臣)「ゆゆしげなる者の姿かな」と見るほどに、
(朱買臣)「いかにも不吉な感じがする者の姿だなあ」と見ていると
我が昔のともに見なして/けり。
自分の昔の妻であることがわかった。
なほ、「僻目(ひがめ)にや」と目をとめて見けるに、
そうはいってもやはり「見間違いであるだろうか」と注意してみたが
いかにも違ふ所なかりければ、
たしかに(昔の妻と)違うところがなかったので
人知れず悲しく覚えて、「暮るるや遅き」と呼び取りてけり。
我しれず悲しく思えて、「日が暮れるのが遅くなりましたね」と(女を)呼び止めた。
女、「我過つこともなきに、いかなることに当りな/んずる/にか」と、
女は、「自分は罪を犯したこともないが、どんな処分にあうのだろうか」と
恐れ惑ひけれど、ありし昔のことなどを細やかに語らひければ、
恐れうろたえたが、(朱買臣が)かつての昔のことなどを細々と語ったので、
女、あさましく思えて、この夫をうち見るより、
女は、驚きあきれてしまって、この夫=朱買臣をしげしげと見てから、
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