項王曰はく、

項王
「此(こ)れ沛公の左司馬曹無傷之を言へり。

然らずんば、籍何を以つてか此に至らん。」と。

項王即日、因りて沛公を留めて与(とも)に飲す。

項王・項伯は東嚮して坐し、亜父は南嚮して坐す。
亜父とは、范増なり。
沛公は北嚮して坐し、張良は西嚮して侍す。
范増数(しばしば)項王に目し、佩(お)ぶる所の玉玦を挙げて、以つて之に示すこと三たびす。
項王黙然として応ぜず。

范増起ち、出でて項荘を召して謂ひて曰はく、

范増
「君王人と為り忍びず。
若入り前(すす)みて寿を為せ。
寿畢(を)はらば、請ひて剣を以つて舞ひ、因りて沛公を坐に撃ちて之を殺せ。 不者(しからず)んば、若が属皆且(まさ)に虜とする所と為らんとす。」と。

荘則ち入りて寿を為す。
寿畢はりて曰はく、

項荘
「君王沛公と飲す。
軍中以つて楽を為すなし。
請ふ剣を以つて舞はん。」と。

項王曰はく、

項王
「諾」と。

項荘剣を抜き起ちて舞ふ。
項伯も亦剣を抜き起ちて舞ひ、常に身を以つて沛公を翼蔽す。
荘撃つことを得ず。