小論文小学生の全国大会廃止

目次

 

為末大学の動画をよく見るのですが、小論文や英作文で参考になりそうでしたので、

文字起こしをしつつ教育ネタとして使える部分を考えていこうと思います。

 

この記事はこんな人におすすめ

教育系の大学を受ける方

小論文で教育系のお題が出る大学を受ける方

英作文で教育関連のお題が出る大学を受ける方

教育系はいざしらず、外国語系や国際系で小学生の全国大会は廃止すべきか?というそのままのお題で出ることは考えにくいですが、

部活の是非、教員が部活の顧問をやること、教員の負担などにも応用できると思いますので参考にどうぞ。

単純に教育のお題としてみてもいいですが、構造をつかんでおくといいですね。

東京外国語大学を受ける方は、教育系の英文は比較的よく出ますので、

考えておくのもいいと思います。

 

為末氏が全柔連が小学校の全国大会を廃止したことを支持する理由

全日本柔道連盟が小学校の全国大会、日本一を決める大会を廃止した。

理由1 将来もっと伸ばすため、日本のパフォーマンスを向上させるため

理由2 すべての子供が楽しめるようにするため

理由3 スポーツは教育よりも娯楽の側面が強いと考えているため

以上の理由から為末氏はこの小学生の全国大会廃止を支持するといいます。

詳しく見ながら、小論文に使えそうな部分を見ていきましょう。

理由1 将来もっと伸ばすため、日本のパフォーマンスを向上させるため

パフォーマンスの面。 小学校のときとおとなになってからの戦い方は違う

人体の側面 小学生は大人のミニチュア版ではない。

子供と大人の身体を比べてみると、

子供のほうが体全体の比率でいうと頭が大きく、

胴体が小さく、腹筋背筋が弱く、手足はひょろっとしているのが特徴で、

重心が低い分倒れにくい反面、

サッカーのドリブルなど細かい動作はまだ難しいという点が上げられます。

大人のミニチュアが子供ではないというの
は大前提ですね

細かい作業は若干苦手なんだけど立った状態のことバランスというのは
地面からの高さがその高くないので得意。

小学生でスポーツやってる子はなかなか倒れないですね大人と同じくらい

とかそれ以上の子もいますけどバランスは得意だけど手先を使うな器用さ
というのはやっぱりサッカードリブルをトップ選手であっても全然小学生じゃ
かなわないとまあそういう状態なんですね

ですから

大人のミニチュアが子供ではないというの
は大前提ですね

 

早すぎる最適化の問題 小学生のときの戦い方が将来の邪魔をする

そうするとどういうことかっていうと子供の時に最適になった戦い方はそのまま大人になると逆にそれは通用しなくなるわけです

半分ぐらい染み込んでるけど状況変わったならやり方が変えればいいやとなればいいですけど完全に小学校の時の戦い方を自分子供の時に最適になった戦い方はそのまま大人になると逆にそれは通用しなくなる。

 

そのくせが邪魔をして将来伸びなくなっちゃう器が小さくなっちゃうこれを早すぎる最適化と呼んでいます

早すぎる最適化の例 野球のリトルリーグ

わかりやすい話で1つ例えば野球のリトルリーグなんかで小学生の時にはあんまりみんな守備も上手じゃないい地面も凸凹している中でとにかくバッティングを地面にたたきつけてボール

を低めに打ちに行こうそっちのほうがヒットが出るってやりがちなんですけどそれが将来みんな守備が上手くなってきて地面もよくなってきたりしてくると今度はそうじゃなくてもうちょっと長打を打たなきゃいけない時に昔ついた癖が邪魔をして伸びなくなっちゃうという現象があるそうなんですが

これも典型的な早すぎる最適化なんですね

 

 

小学生を指導する指導者が大人になったときにどんなことが勝負に求められる要素なのかその競技で大事なのか知ってそれが伸びるような指導が大事

ですから小学生を指導する指導者が一体大人になった時にどんなことが勝負に求められる要素なのかその競技で大事な要素なのかを知ってそれが伸びるような指導の仕方を小学生にすることが大事であってそしてその指導は決して小学生の時のパフォーマンスの最大化につながるものではなかったりするわけですね

だけど目の前にぶら下がって全国一がそうするとまぁ未来のことより今この子は活躍して自信をつけるほうがいいかなと思って、そこに頑張っちゃうと結果として皆がそれやると日本のパフォーマンスが下がっちゃう

いくつかの日本の競技は20歳に至るまでは全国の世界でもですね結構いい状況なんですけどもこれがそれを超えていくとですね
レベルがランキング落ちていってしまうんですけど私はこれどちらかっていうと日本人っていうのはあんまり早くに最適化さすぎちゃってるんじゃないかなというのはあると思います

効率を求めた結果、頭ごなしの指導によって考える能力が養われない

同じように早すぎる最適化のなかの一つにですね

選手自身を鍛える指導の仕方も入ってくるわけですね

短期でですね小3年生ぐらいで3年間くらいでしかもあんまりそんなに成熟してない子供を育てようと思うとですただパフォーマンスだけを見ようとするとやっぱりこれはいいからやれが一番効くわけですね

変に考えているようにもとには言われた通りやるのがいいんだとって

これは一側面あると思いますね守破離といいましてやっぱり形を最初に覚えなきゃねっていうのはあるんですけどもうん

一方でこれだけをやりすぎるとですね

そもそも自分はなんだこれやってるかよくわかんなくなってくるって言う子ができてきちゃうわけですね

陸上競技やっていったりする方よくご存知だと思いますけどインターハイチャンピオン中学チャンピオンを出す学校とオリンピアンを出す学校ってのは違うことをよくご存知だと思います

それがいわゆる指導のやり方の違いというのですあると思いますけど同世代でも強豪校から来た子はたくさんいましたけどやっぱり自由を与えられると混乱してましたね

自分で考えてやるってやったことはなかったのですごい混乱して何か誰かが正しいあるやり方を教えてくれってなっちゃうところもありまして

やっぱり自分で考える人間は育てなきゃいけないこれはまあ競技を超えた普遍的な能力でもあるのでんそれがつかないって言うなちょっとうまずいんじゃないかなというふうに思います

 

だから将来の競技者としてのパフォーマンスを考えてもそれから競技をこえた一人の人間としてのパフォーマンスを考えてもあんまりいいことがの

若年その時に最適化させるすぎると起きないのでそれはやめたほうがいいんじゃないかなというふうに思います

特にこの領域ですごく悪影響が起きるのはですね

才能がある子ども。こどもに才能あってしまった場合ですね

大人とか先生のが興奮しちゃうってパターンがあるんですね

その子より周りが興奮すると何が起きるかというとその子の主体性がなくなるっていう事がありまして私は早い段階で全国一になったので本当にたくさん
この例を見てきました選手より興奮した顔で大きな声を先生が出している場合はだいたいその子は将来見なくなっちゃうねみたいな感じでまあ私は

ちょっとひねくれた子なんだ冷ややかにそういう状況を見てましたけど本当一番最後に大事なリソースって何かっていうとその競技をやっていうことが楽しいなって思うこととこうやったらもっとうまくなるかなっていう探究心なんですこのエネルギーが枯渇すればやっていること自体に意味がないのでやめちゃうんですねまたやってても義務感なんで結局義務感でやってる人間は夢中でやっている人間に勝てませんから最終的には弱くなっちゃうとこういう問題が起きます

難しいんですねこの段階しか見てないと今教えたことが20年後に何になるか見えないので

でも私はまあある意味少ない症例ですけど自分の人生でこうずっとその流れを観測してているの者なので

あんまり早い段階で早くなったりパフォーマンス高くなってもいいことないなっていうそれより我慢して我慢して最後に爆発するぐらいのほうがいいんじゃないかなというふうに思います。

 

小論文で使うなら

理由を述べるときに、反対側の立場を突き詰めた場合に起こる弊害という視点でみるのは小論文でも英作文でも使えます。

また時間軸を考えて、将来的な影響を考える視点も使えます。

競技者、プレーヤーだけでなく、教育者、指導者からの視点というのも、視点ずらしとして使えるようになっておきましょう。

 

現代文や世界史などでは、かつてヨーロッパでは子供は大人のミニチュア版だという考えがあったことについて触れられることがありますが、

身体的なことだけでなく、子供は大人とは違うのだという視点は持っていたほうがいいですね。

このサイトをご覧のあなたはきっと、外国語系や国際系を目指す方が多いと思いますので、

早期教育の事例としては、小さな頃から英語をやることの是非については考えておいたほうがいいでしょう。

小学校での英語教育などの問題でも使えるかと思います。

ちなみに、僕は、英語をはじめ、外国語の音については幼少期に触れたほうがいいと思いますが、思考の道具として、日本語の基礎ができる前に外国語をやるのには反対です。

参考:子供を1歳くらいから英語漬けにした結果、小学校中学年になっても全然勉強についていけない子を作り出した親がいる

上記については英語産業のセールストークに乗ってしまったこのご家庭に問題があるんじゃないかと思いますが、、、

理由2 すべての子供が楽しめるようにするため

二つ目に多くの子どもが楽しめるからというのはあるんですけどまぁヨーロッパなんかよくご存知だと思いますけど小中校は全国大会禁止している国が多い

その理由はどうしても全国大会などを作るとですねチーム競技の後は勝ち抜き戦になっていくわけですね

勝ち抜き戦になるとどうなるかって言うと戦うチームはたくさん戦うでも負けたらおしまいとつまり負けたら夏が終わっちゃうっていう方向明らかに典型的ですけど

そのこと自体が強豪校にたくさん人集めインセンティブになりつまり補欠を生むシステムになっていて3年間やったんだけど試合に出てないみたいな子供を産んじゃうわけです

これ自体がスポーツに対する権利を害しているという考え方をするそうでだからトーナメント制じゃなくて地区ごとにもっと分割して総当たりっぽいものたくさんを行うことですべての子供がスポーツをする

スポーツをするということは試合に出るという機会を担保するそんな考え方で全国大会を行ってないそうなんですね

日本ののスポーツの最大の利点はですねスゴイセレクションシステムができているんです

つまり日本のどこにいてもそれなりに才能があれば見つけられて引っ張り上げられるという仕組みができています

これ本当に各国から来て驚かれるんですが逆に言えば日本には育成システムはあんまりないっていうことなんですね

つまり才能があることを見つけられて自分の力で伸びたけど多くの子供を育成して

伸ばしていく仕組みっていうのは弱いと言うということ

要するに全国大会の廃止みたいなことやっていくとまぁなんか地区ごとに育成システムみたいなものを作ってそれでいろんなこの才能を伸ばしていかなきゃいけなくなったりしてまぁちょっと今やっていることは苦手なことやることになるんですけど私は結果その方が多くの子どもが楽しめるしいいんじゃないかなというふうに思います

スポーツを嫌いになった人は想像以上に多い。

もう一つやっぱりこれスポーツ関係者忘れちゃいけないのはスポーツを嫌いになった人は想像以上に多いっていうことなんですね

てそういう人たちがまあ10年20年スポーツから離れて嫌な気分になって離れているけど久しぶりにランニングって言うのであって好きな時に

始めて、好きな仲間とやって好きな時にやめていいこれって楽しいねってなっているのを私たちはもっと真摯に受け取らなきゃいけ
ないっていう思いますね自由じゃないスポーツなんてスポーツじゃないっていう前提が日本はやっぱり弱すぎますから

言われて命令された通りやるとか強制されてやるんだったらやりたくないけど自由にやるんだったら楽しい

それはまあスポーツの楽しみ多くの子供から奪っていることでもあるんでで背景としてはですやっぱり教育っていうを持っていることがちょっと日本は強すぎて
ですねスポーツやっぱり娯楽でしょう。娯楽を教育にも使えるけどねぐらいの話なのでスポーツやるからには何か学ばなきゃいけないとか何か成長しなきゃいけないっ
ていうことが今後の捨てていくべきだろうなと思いますまあそれやっている限りはどんどんスポーツのエリア小さくなっていってもっと他にも学べる場所があるし自由に
やれるとかあるからってみんなそっちに行っちゃうと思いますねうん

 

小論文で使うなら

理由1では活躍するプレーヤーの将来や業界の発展から見ていましたが、理由2では活躍しにくいプレーヤーや平等という視点からの指摘です。

メインの対象から視点をずらして意見を述べることができないか、英作文や小論文で思いつかないときに使いたい手法ですね。

教育系のお題では平等性というのは重要な観点になります。

例えば、東京外国語大学で出た英文ではアメリカの大学で、人種によって点数に下駄を履かせたりすることがテーマになりましたね。

 

 

理由3スポーツは教育よりも娯楽という認識を持つべき

 

三番目はですねあのまあそもそもスポーツというのは教育より娯楽だからというふうに私は考え教育にも使えますけどスポーツは教育であるっていう言い切る方もいるんですけどまぁスポーツやっぱりやっぱり娯楽なので娯楽と考えた方がいいと思うので

それを教育にも使えるけどばベースは娯楽て子どものスポーツをするっていうのは

なんか学びたい子は学べばいいけど学びたくない子は学ばなくてもいいんじゃないって言う感覚でいるべきかなと思います

スポーツは教育?から部活を考える

スポーツを考えるとき、学校の体育や部活の影響はかなり大きいと思うのですが、明治時代に始まった日本の学校がもともと軍隊の制度をベースにしていることも、

スポーツが娯楽という意識をもちにくいことの一因なのかなと思います。

中学生だとだいたい4月には、ひたすらまわれ右をやらされたりしましたよね?あれは体育嫌いになりそうですよね。

規律に従うというのも、全く不要だとは思いませんが。

また、先輩や後輩、同級生とうまくやったり、組織の中でうまく立ち回る練習だったりと、社会性を培う側面は無視できないかと思います。

 

スポーツは教育でなくていい

年齢を考えると、スポーツ、部活の教育的側面は当然あると思うのですが、教育と考えてしまっているが故に起こる問題というのは見逃せないですね。

スポーツは娯楽と考えてしまえば、先生が部活の顧問をやる必要はないですし、もっと楽しく専門的に教えられるプロを雇ったほうがみんな幸せになれるのかもしれませんね。

 

反論処理

さて全国大会を廃止しようという話をするになるとですねあの反論される方ももちろんいらっしゃる違うご意見を持っている方もいるので私なりには賛成なんですか反対意見もよく
わかりますが一応それを反証していくというんですかねやって

全国大会をなくさなくても子どもが自分で選んでやればいいのでは?→子供の意思決定はどこまで有効か

まず第一に全国大会がある弊害はわかるけどそれは子どもが自分でコミットすればいい 選べばいいんだっていう意見があります これは誰しもそう思うんですが子どもが自分で選んで自分で考えて人生を選択していく大事なことだと思うんですが

一方で子供っていうのは完全に自由に物事を決められないですね法的にも例えば12歳の子が結婚したいと言ってますが法律的には認めていないわけですなぜ認めていないかというとですね

人間も自由な意思決定を行う際にその人にはちゃんと未来を見通してそのことにおいて責任を取ることができる状態であるいうことが、意思決定は有効化するっ
て言いますねそれを認める大きな前提となっているわけですねですから
まあ心身が衰弱しているとかまあなんか自分がそのことを把握出来てない状態で起きた犯罪っていうのは無罪である

というふうにされますけどもそれ要するに自分自身にしっかりと何かを行っているっていう意識自覚があるかどうかが
ポイントになっているのわけですねそういう意味で未熟な段階の子どもの自由な意思決定というのはちゃんと将来を見据えてないとかその選ん
だことが重さを分かっていないとかまたは
例えばですけどね15歳ぐらいの女の子に成人向けの動画に出ましょうと言って本人合意しましたって言ってもそりゃやっぱり社会は認めないですなぜ認めないかという
と大人の方がいろんな経験をして言って容易に誘導してその人から意思決定させることができてしまうからでもしその意思決定はあまりにも情報の非対称性があるし本人がしっかりと物事を考えるだけに成熟してない状態なのでその状態の意思決定でしたら無効ですよねという前提で社会はできています

スポーツにこれ置き換えてみると例えばいくつかのスポーツとやりすぎて本当にけがをしたりしますから
そのことをちゃんと事前に説明してした上で意思決定してないとやっぱりそれ一例ですねまぁあの不動産の契約とか金融の契約された方はよくご存知だと思いますが必ず事前のリスクの説明がつりやらないと契約は無効になるっていうかなんでて金融なんとか法違反とかなっちゃいますからそう言うと同じようにですねこのスポーツをこんなやり方でやると将来こういうケガをしていく可能性があってこうですよっていうのは私はば説明すべきだと思うんですね あの楽しむスポーツでつだけでやりまくるスポーツは起きればとすることそういうリスクも
分かってあえて子供が僕も日本一になりたいと言っているかどうかはちゃんと大人の側が伝えてあげないといけないと思い後だしじゃんけんじゃやっぱりちょっとねそれで恨んでる
選手やっぱりいますから結構僕らの世代でこんな体になるんだったらやってなかって
言っていく思いますのでやっぱりそこはちゃんと大人の側がこんなことやると将来こうなっちゃうかも
しれないからやるって言うことを私はそれでもそういうことはさせるべきじゃないって考えですけども少なくとも子どもたちが自由に決定できるって言うことが
今は制限されていてでスポーツの場合も あればそう決定したけどその決定がどのくらいその子の本当の自由な意思決定なのかも含めてですね

加速しすぎなに加熱しすぎないようにする
仕組みが必要なので私は全国大会反対派

小論文で使うなら

子供の意思決定はどこまで有効かというのは、ネタとしてもっていてもいいですね。

まあ、子供に限らず、結局一番身近に触れた情報で判断するので、
よほど自分で綿密に調べたりしないと判断はできないんですけどね。

 

小学校の全国大会での経験がすごい自信につながる→全国である必要があるか 指導者の過熱を抑えられるかが焦点

と賛成の方もいるのもよくわかって実際に小学校の全国大会での経験がすごい自信に繋がってるって言う選手も会うんですね
だったら完全にそれは綺麗にこっち(全国大会がないほうがいい)と言えないんですけどまぁそんなふうに思います

二つ目には全国大会が問題じゃないでしょう教える側の加熱の問題でしょ今もまさにご指摘の通りなんですけど一方でじゃあどうやってその指導者の過熱抑えるんですかって言う
ことですねもう私は20年くらいスポーツを子どものスポーツ見ていきましたけど
ずっと昔からこの問題は話されてながらやっぱり解決されてないんですよね。だからそういう精神論じゃちょっと難しいんだろうと思うんですね。

全国大会を止める以外の良い方法あれば私は全くそれでもかまわない。全国大会やりながら加熱し過ぎる指導を抑制できるなら全然それでもいいと思うんですけどその具体的な方法
が出てこないならやっぱりインセンティブがすごい強すぎるものを外しちゃえばまずそもそも加熱しにくくなる。

そうでも地区大会の一番を決めるのでそれなりに子どもたちも成功体験を得ることができるけど過熱も若干抑えめにできるというそういうシステムを作ってもしそれで例えば週2回以上子ども
スポーツやっちゃだめよとかそういうルールを決めてしっかりその通りみんな守れるようになったらその上で全国大会をやってみようは私はあり得るかなというふうに思いいます

平気で小学校で週5回練習しちゃってるチームありますけどまぁ私は自分の子供は絶対そういうところとか入れませんので
知ってる人間はですね知らない方は入れちゃってるかも知れないですけどばそういうことを日本のスポーツ会はもう少しリテラシーを高める必要があるなると思います

 

将来みんながオリンピアンになるわけではないから成功体験のために全国大会はあるべき→1%もいない日本一でなくてもいい。

もう一つ反論としてはいや、将来みんなオリンピアンになるわけじゃないんだからなんらかの成功体験させてあげたいと言う

これもよくわかります。

中学校小学校で成功体験を経てその後力行くんだとそれはもうやってぜひそうしたらいいなと思います。18まででしっかり競技をやって成功体験を得るんだ

必ずしもその成功体験がですね、日本一である必要があるかというところなんですね日本一の成功体験を得た人って陸上競技でも全体の1%いないと思うんですね

これを地区にしてそもそもその上がないよっていう状態にすれば成功体験を得る子が多いわけです。当然その子達は本当の日本一は誰なんだとか疑問に思うでしょうが陸上の場合は数字が出るのでちょっと予想がつきますけど

でもその上でいいと思うんですね俺が本当は日本一だと思っている子どもが100人ぐらいいる方がいいじゃないですかそんなもの後で決めたらいい話てこれが一番だって俺はちっちゃなお山の大将がたくさんいる状態、それからそうじゃない成功体験3年やって1回だけしか勝てなくてもその1回がすごい成功になると思いますから努力その成功体験のあり方っていうのをちょっと画一的に考えずにひとりの人間だけが成功してあとの子は皆敗北した気分になるようなシステムじゃないほうがいいんじゃないかなというふうに私はただちょっとこれは日本というのは十分小さい国だから別にいいんじゃないのってご意見もあるのもわかります。

モチベーションを保つために全国大会があったほうがいい→勝ちたいモチベーションは続かない。内発的動機が大切。楽しい&探究心

モチべーションを保たせたい日本一があるから子供のモチベーションが保ってるんだってこれもよく分かりますわかるんですけどこれは私の体験からなので
データでとったわけじゃないんですけど勝ちたいモチベーションはもたないんですよね最後までなぜなら負けたり、ほとんど負けるんで最後は。

世界一になろうと思っても。 だからそんな中で続けられる本当のモチベーションが楽しいとか探求心ですね大人になってスポーツやってる人ってランニングとかでも探究心とか楽しい。

ゴルフやってる人もゴルフうまくなるのが楽しい友達と話すのが楽しいそういうものなんですね。将来にわたって続いていくのは。最後まで勝ち負けだけで言ってる人なんて殆どいない訳ですよね。それを考えると、スポーツを生涯にわたって楽しむための第一歩が小学生中学生ぐらいなのでその段階で勝ち負けあって途中から勝ち負けじゃないスポーツでて切り替えようとして
も頭が切り替わらなくて難しい ただベースとしてとにかく楽しくて生涯的に、将来ずっと楽しみながらやっていけるんでスポーツは。でも一部のほら為末みたいな加熱する奴がいるからそういう奴はちょっと15、6なるまでちょっとどうどうどうと抑制して言ってそれでもまあオリンピック行きたい だったらじゃああとはどうぞ まあそんな感じかなと思うんですね。

みんな勝ちたいわけじゃないので。だから勝利以外の内発的な自分の内側から湧き上がるモチベーションを生み出せるシステムを作れないとそもそも競技者としても大成しない上に競技終わった後に生きていく学びにならないというのが私の考えです。

ですから試合があって勝とうと思うから上がっていくモチベーションではないモチベーションを育て上げるのも指導者の役割なんじゃないかなというふうに思って

これはいろんなご意見もあって私は必ず正しいわけじゃないし話聞いていくとすごいなるほどなと思うことも多いのでまぁスポーツ界全体で議論を交わしながら進めていく必要があると思い
ますけどでも大事なことはこの20年いろんな議論を交わしながら結局現状は変わってないことはしっかり受け止めて具体的に変えに行くことをスピード感を持ってやっていく必要があるんじゃないかなというふうに思っており結論として全国大会廃止っていうのは私は賛成だということになります。

楽しさ&探究心

スポーツや全国大会の話題からは離れますが、受験についても、偏差値や合格だけでなく、楽しさや探究心をもって勉強法を試すことができるようになると、

成績が上がりますよ。