と書いたと思われます。
しかし、、、
本当に謙遜していたら、
本当にでしゃばっちゃったなーと思っていたら、
一言も書かないと思いませんか?
なので、、
これは、自省のこころから書いたのではなく、
謙遜を通して自分の才能を誇り、
自分の晴れがましさを確認して書いた
といえそうですね。
そう考えると、
「一つも書もらすな」って言われたんだもん
っていうのもなんだか、言い訳がましく聞こえてきますね。
結局のところ、
こんなに素早くうまいこという
アタシってイケてる!!
と自慢したいんでしょう。
紫式部あたりが文句言ってきそうですね。
敬語はどういうふうに使われている?
作者は「せ給ふ」「させ給ふ」で隆家や中宮に対して
尊敬語を使っています。
中宮と隆家の関係は、
隆家の行動に謙譲語を使って、中宮への敬意を、
中宮の行動にも謙譲語を使って、中納言隆家への敬意を
表しています。
会話中では、中納言隆家が中宮に対して、丁寧語を使っていますね。
参考になれば幸いです。
間違いなど、お気づきになった点があった際には
ぜひぜひ教えてくださいね!
この作品の品詞分解が知りたいなど、
リクエストもお待ちしています!
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「かやうのことこそは」の「こそ」の結びはどこですか?
「入れつべけれど」だと思ったんですがそれが已然形になっているのは、「ど」の接続は已然形接続だからでしょうか?
係り結びが省略されているのかどうかも含めて教えてください。
コメントありがとうございます。
係助詞「こそ」の結びにあたる語(対応する語)は 助動詞「べけれ」で合っています。
「べけれ」なのですが、「ど」が続いているため「結び」にはなりません。
「結び」はそこで終わる形ですので、ここは係り結びは「流れた」あるいは「消滅した」となります。
ちなみに、「かようのことこそ。」のように係助詞で文が終わってしまって、
「べけれ」のように結びにあたる語がない時に、係り結びが「省略」されているとなります。
係助詞のすぐ後で文が終わっていて、結びに当たる語が無ければ「省略」になり、
係助詞の結びに当たる語が文中にあれば「流れ」「消滅」ということになります。