今井四郎、馬より飛び降り、主の馬の口に取りついて申しけるは、
「弓矢取りは、年ごろ日ごろいかなる高名候へども、最後の時不覚しつれば、長き疵にて候ふなり。
御身は疲れさせたまひて候ふ。続く勢は候はず。
敵に押し隔てられ、言ふかひなき人の郎等に組み落とされさせたまひて、討たれさせたまひなば、
『さばかり日本国に聞こえさせたまひつる木曾殿をば、
それがしが郎等の討ちたてまつたる』なんど申さんことこそ口惜しう候へ。
ただあの松原へ入らせたまへ」
と申しければ、木曾、
とて、粟津の松原へぞ駆けたまふ。
現代語訳
今井四郎は、馬から飛び降りて、主の馬の口に取りついて申しあげたことは、
「武士たる者は、常日頃どのような功名がございましても、最後の時に失敗をしてしまうと、長い間疵となるものです。
殿のお体はお疲れになっております。後続の軍勢はございません。
敵に押し隔てられて、つまらない人の郎等に組み落とされなさって、討たれなさったら、
『(一時期京の都を席巻した)あれほど日本国にその名が聞こえなさっていた木曾殿を、
誰々の郎等が討ち申し上げた。』などと申されることは残念でございます。
ただあの松原へお入りなさいませ。」
と申しあげると、木曾殿は、
といって、粟津の松原へ駆けなさる。
ポイント
先ほど、義仲に「御身もいまだ疲れさせ給はず」と元気づけていた今井が「御身は疲れさせたまひて候ふ。」と言っているのはなぜか?
→最期の決意を促すため。
品詞分解
今井四郎 | 名詞 |
馬 | 名詞 |
より | 格助詞 |
飛び降り | ラ行下二段活用動詞「飛び降る」連用形 |
主 | 名詞 |
の | 格助詞 |
馬 | 名詞 |
の | 格助詞 |
口 | 名詞 |
に | 格助詞 |
取りつい | カ行四段活用動詞「取り付く」連用形「取りつき」イ音便 |
て | 接続助詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形謙譲語本動詞作者→木曽殿申し上げる |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
は | 係助詞 |
「弓矢取り | 名詞 |
は | 係助詞 |
年ごろ | 名詞 |
日ごろ | 名詞 |
いかなる | ナリ活用形容動詞「いかなり」連体形 |
高名 | 名詞 |
候へ | ハ行四段活用動詞「候ふ」已然形
丁寧語本動詞今井四郎兼平→木曽殿ございます |
ども | 接続助詞 |
最後 | 名詞 |
の | 格助詞 |
時 | 名詞 |
不覚し | サ行変格活用動詞「不覚す」連用形 |
つれ | 完了の助動詞「つ」已然形 |
ば | 接続助詞 |
長き | ク活用形容詞「長し」連体形 |
疵 | 名詞 |
に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
て | 接続助詞 |
候ふ | 丁寧語ハ行四段活用補助動詞今井四郎兼平→木曽殿ございます |
なり。 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
御身 | 接頭語+名詞 |
は | 係助詞 |
疲れ | ラ行下二段活用動詞「疲る」未然形 |
させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形
今井四郎兼平→木曽殿なさる |
たまひ | ハ行四段活用動詞「たまふ」連用形尊敬語補助動詞今井四郎兼平→木曽殿なさる |
て | 接続助詞 |
候ふ。 | 丁寧語ハ行四段活用補助動詞今井四郎兼平→木曽殿ございます。 |
続く | カ行四段活用動詞「続く」連体形 |
勢 | 名詞 |
は | 係助詞 |
候は | ハ行四段活用動詞「候ふ」未然形
丁寧語本動詞今井四郎兼平→木曽殿 ございます |
ず。 | 打消の助動詞「ず」終止形。 |
敵 | 名詞 |
に | 格助詞 |
押し隔て | タ行下二段活用動詞「押し隔つ」未然形 |
られ | 受け身の助動詞「らる」の連用形 |
言ふかひなき | ク活用形容詞「言ふかひなし」連体形 |
人 | 名詞 |
の | 格助詞 |
郎等 | 名詞 |
に | 格助詞 |
組み落とさ | サ行四段活用動詞「組み落とす」未然形 |
れ | 受け身の助動詞「る」の未然形 |
させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形
今井四郎兼平→木曽殿なさる |
たまひ | ハ行四段活用動詞「たまふ」連用形尊敬語補助動詞今井四郎兼平→木曽殿なさる |
て | 接続助詞 |
討た | タ行四段活用動詞「討つ」未然形 |
れ | 受け身の助動詞「る」の未然形 |
させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形
今井四郎兼平→木曽殿 なさる |
たまひ | ハ行四段活用動詞「たまふ」連用形尊敬語補助動詞今井四郎兼平→木曽殿なさる |
な | 完了の助動詞「ぬ」未然形 |
ば | 接続助詞 |
『さばかり | 副詞 |
日本国 | 名詞 |
に | 格助詞 |
聞こえ | ヤ行下二段活用動詞「きこゆ」未然形 |
させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形
世間→木曽殿 なさる |
たまひ | ハ行四段活用動詞「たまふ」連用形尊敬語補助動詞世間→木曽殿なさる |
つる | 完了の助動詞「つ」連体形 |
木曾殿 | 名詞 |
を | 格助詞 |
ば | 接続助詞 |
それがし | 代名詞 |
が | 格助詞 |
郎等 | 名詞 |
の | 格助詞 |
討ち | タ行四段活用動詞「討つ」連用形 |
たてまつ | 謙譲語補助動詞ラ行四段活用動詞「奉る」連用形「奉り」促音便 |
たる』 | 完了の助動詞「たり」連体形』 |
なんど | 副助詞 |
申さ | サ行四段活用動詞「申す」未然形
謙譲語本動詞→木曽殿 申し上げます |
ん | 推量の助動詞「む」連体形 |
こと | 名詞 |
こそ | 係助詞(係り結び) |
口惜しう | ク活用形容詞「口惜し」連用形「口惜しく」ウ音便 |
候へ。 | ハ行四段活用動詞「候ふ」已然形(「こそ」結び)
丁寧語補助動詞今井四郎兼平→木曽殿 ございます |
ただ | 副詞 |
あ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
松原 | 名詞 |
へ | 格助詞 |
入ら | ラ行四段活用動詞「入る」未然形 |
せ | 尊敬の助動詞「す」連用形
今井四郎兼平→木曽殿 なさる |
たまへ。」 | ハ行四段活用動詞「たまふ」命令形
尊敬語補助動詞今井四郎兼平→木曽殿 なさる |
と | 格助詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形謙譲語本動詞作者→木曽殿申し上げる |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば | 接続助詞 |
木曾 | 名詞 |
「さらば」 | 接続語 |
とて | 格助詞 |
粟津 | 名詞 |
の | 格助詞 |
松原 | 名詞 |
へ | 格助詞 |
ぞ | 係助詞(係り結び) |
駆け | カ行下二段活用動詞「駆く」連用形 |
たまふ。 | ハ行四段活用動詞「たまふ」終止形
尊敬語補助動詞作者→木曽殿 なさる |
学習塾で八年ぶりに、教鞭をとったのですが、とても分かりやすく、感動しました。47歳になるのですが、私の大学受験の時もこんなのがあれば、随分助かったのに、、と思います。
話が感動極まる作品内容な上に、品詞分解が とても素晴らしく、気持ちがひときわ入り込んでしまい、、頸を切られる所は、感極まり鼻水を垂らして大泣きしてしまい、問題集を涙だらけにしてしまいました。
有難うございました。
そう言っていただけて光栄です!お読みいただきありがとうございます!