現代語訳
(世継が)しみじみとご同情にたえないことは、
(花山天皇が)御退位なさった夜(のことです。その夜、花山天皇)は、
藤壺の上の御局の小戸からお出ましになりましたところ、
有明の月がたいそう明るかったので、
(花山天皇が)「(これ=これほどの明るさの月明かりでは自分が)あまり目立ちすぎる。
どうしたものだろう。」とおっしやったところ、
(通兼公は)「だからといって、(ご出家を)御中止なされるわけのものではまいりますまい。
神璽と宝剣が(東宮=皇太子さまのお手許に)
おうつりになってしまいました以上は」
と粟田殿〔=道兼公〕がおせきたて申しあげなさったのは、
(そのわけは、)まだ帝が(清涼殿から外へ)
お出ましにならなかったその前に、
粟田殿御自身で直接(神璽・宝剣を)持って
東宮の御方に(神璽・宝剣を)お渡し申しあげなさってしまわれたので、
(再び帝が)宮中にお戻りになるようなことがあってはならないことだ
と(粟田殿=道兼公が)お思いになって、こう申しあげなさったのだということです。